「逃した魚は大きかった」の巻

16031801

あの日、私は大物を逃した。
逃げたからそう言うではなく、ほんとうに大きなお魚だった。

その日は、いつものごとく雨がそぼ降る中、レインウエアを着込んで、オットーのLittleLifeとシーカヤックで釣りに出かけた。この季節は天候が不安定で風や波の強い日が多く、シーカヤックで釣りができる日はそう多くない。多少の雨は「好天」にカウントされるのだ。
しかし、今日の天候はあまりよくない。雨だけでなく風もちょっと強くなってきた。でも、海に行きたい気持ちが勝り、少しの時間でもシーカヤックを海に浮かべる。
海でのアクティビティ全般に言えることだが、特にシーカヤックでの釣りは天候に強く左右されるもの。
こんなコンディションのよくない日は、短時間で勝負を決めなければならないので、いつもより集中して竿をふる。
ーー私の釣りはエサをつけて待つのではなく、鉛でできた疑似餌(ジグ)を海中深くまで沈めてゆき、ヒラヒラ泳がせることによって魚に似せ、それらを食べにくる魚を狙うのであります。操作次第で魚が喰いついたり逃げたりするので、竿の動かし方で命運がわかれるのであります。ーー

さて、今日は、私か?オットーか?どちらにお魚が寄ってきてくれるのか。
あの手この手でその瞬間を待つ。
なかなか、アタリがこない。
風も強くなってきた。もう帰らなきゃならないかしら、と波と風の様子をみつつ竿を降る。

と、その時。
ガツンっ!と私の竿に大きなアタリ。
これは大物か?と思いきや、ラインが引き出されない。何回かリールを巻くことができた。ん?そんなに大きな魚でもないのかな?でも頭をブンブン振ってる感じがするな、これはサメかしら?、何かしら??と、慎重にリールを巻いていたその瞬間。
ジジジジジジジーーーー、ドラグ音が鳴り、一気に糸が引き出される。
しまった~!!これはかなり大きな魚だ。この感覚は、もしかしたら大型カンパチかもしれない。

でも、無理にひっぱり上げようとすると私の使っている細い糸は切れてしまうので、ドラグを調整しつつ魚を怒らせないように、ゆっくりゆっくり巻き上げてくる。巻き上げては糸を引っぱりだされ、また巻き上げてを繰り返して、80mほどの深さからようやく残り20mまで寄せてきたところ・・・・

プツン

「あっ」

糸が切れてしまいました。
隠れた瀬に糸が擦れて切れたのか、はたまた、何かの不具合で切れたのか。切れてしまってはあとの祭り。逃した魚の大きさを感じるばかり。がっくり肩を落として落ち込んでいてもしょうがない。気持ちを新たに糸を再度セッティングしなければ。

そんなカヤックの上で糸をせっせと結ぶ私の背後から何やら不穏な声が。

「今日は最初っから、魚に主導権を握られていたよね。自信のなさがあらわれてたよ。今まで運に頼り過ぎてて、積み重ねが甘いんだよね。だから、せっかく大きな魚がかかっても対応が遅れるんだよ。なんだったら、釣りの腕前下がってるんじゃないの?魚をかける前から準備が甘いんだよ。大物はかける前から駆け引きが始まるのに。それができてなきゃ、そりゃあ釣れないよ。まあ、釣りには自分自身が表れるよね。」
と、淡々と後ろの席でダメ分析をつぶやくオットー。

むうう。返す言葉がないが、いつもの傷口に塩を塗り込め大作戦である。
「ひどいわ。そうかもしれないけど、最後の一言はあんまりだわ!」と言いたい気持ちを抑えて、この嵐をやり過ごそうと静かに釣りを続けるのだけれど、内心穏やかではない。釣りの話のはずなのに、私の今までの来し方の話のようにも聞こえてきてしまう。海をじいいと見つめては、我が人生を振り返って、ちょっと暗い気持ちになってみたり、いやいや、そうじゃないそういうことじゃないんだ、と励ましてみたり、アタマとココロの中は大忙しである。もちろんオットーは、そんなことは気にも留めるはずもなく、にこにこ笑顔で釣れない釣りを楽しんでいる。しかも雨は段々激しくなってきて、「ああ、この空模様は、まるで私の心の中のようだわ。」なんてシーカヤックの前と後ろで激しい温度差をひとり感じつつ、確かにこれが釣りなのよね、となんだか納得してみたり。

そうこうしているうちに、雨も風も強くなってきたので、帰路につくことに。
無事、浜へ帰ってきてシーカヤックを片付けながらオットーがぽつりひとこと。

「でも、あんな大きな魚とファイトできただけでもたいしたもんだよ。今日の成果はそこにあるよね。」
なんて、ポジティブ発言。

「あら、優しいお言葉。でも、なんで、あの糸がプチンと切れた時にその優しい一言が出ないかしら。」

「そんなもの、失敗した瞬間にどこかダメだったか徹底分析しなきゃ、わからないだろう。でも、惜しかったね〜。いい魚っぽい雰囲気だったから、あれが釣りあげられていたら、記録だったかもね〜。」

ですと。
励ましてくれているのか、落ち込まされているのか・・・
いかに逃した魚が大きいのかと強く感じさせられるのでありました。

自然界は、一瞬一瞬が勝負。そう、待ったなしの世界なのです。